ベーカリーショップ ブルーミングの30年間
四日市福祉会の運営するパン屋は、今年で30周年を迎えます。
近年、コロナなどの感染症や、原材料の高騰など生活に影響を及ぼすことがいくつもありました。一般の方だけでなく、飲食店、特に食事を提供する場所にとって大打撃であり、古くから続く老舗でも閉店する店舗も多くあったと思います。
では、ブルーミングには30年間、どのようなことがあったのか、どのようにここまで運営を続けてこられたのかを考えてみようと思います。
【目次】
1.開業当初の話
2.運営の危機
3.地域に貢献し、愛されるには
4.まとめ
1.開業当初の話
現在のパン工房には、残念ながら創業当初から続く職員はいません。なので、現理事長に当初の話を聞きました。
四日市福祉会の母体である「垂坂山ブルーミングハウス」も同じく30年目を迎えます。
創業当初、「垂坂山の利用者さんの日中の作業をどうするのか」と頭を悩ませたようで…
そのころ、主流となっている作業は手芸小物づくりや、内職作業が多かったそうです。
しかし、今のようにマルシェや作品を販売する機会がない為、作っても溜まっていくだけで販売する楽しみも、作った後のことを考えることもできず単調な作業になることが考えられたそうです。
利用さんにとっても職員にとってもあまりよくないことですよね。
そこで、現理事長は「毎日消費できるものがいい」「いろいろな作業工程があるものがいい」「食品専攻しており、パンが好き!」ということでパン工房を提案したそうです。
現理事長の先輩にパン屋さんに勤務している方がいて、アドバイスをたくさんしていただけたこともあり、こういった経緯でパン工房ブルーミングが誕生しました。
2.運営の危機
30周年を迎えるパン工房ブルーミングですが、やはり小さいことから大きなことまで運営の危機がありました。
私がパン工房で働いてきた10年間を振り返ってみて一番大きな危機は、人材が一度にたくさん減った時期があったことです。
もともと職員12人で運営していた時期に、パン職人である職員が2人、パートさんが4人各々の家庭や、諸事情によって同じようなタイミングで退職することになりました。人材が半分になり、パン製造のメイン二人が抜けるという大打撃、残る職人は1人、あと私を含め生地の仕込みなどをしたこともない人が残りました。
1か月臨時休業とさせていただき、今のメンバーでできること、できないことの取捨選択をみんなでしてなんとか営業を再開することができました。
今となってはいい思い出ではありますが、当初はすごく心身ともに大変だったことも覚えています。
そんなことがあったにもかかわらず、地域の皆さんは暖かく再開を待っていてくれたり、まえよりおいしくなったという声をいただいたり、いろいろな方に支えられて今のパン工房があることを日々痛感しています。
3.地域に貢献し、愛されるには
どうしたら地域の皆さんに恩返しができるのだろう、これからも愛されるパン屋であるためには何が必要だろうということが日々のテーマです。
品質を変えず、毎日同じようにおいしいパンを作るのはもちろんですが、店頭販売だけではなく、こちらから出向いて外にも販売をしていくことも大切だと思っています。
人材が減る前やコロナが流行する前は、市役所など四日市市内への配達をしており、企業様にてパン販売、利用者さんをつれての地域イベントでのパン販売をしていました。
一時期そのようなこともなくしていましたが、徐々にできることを増やし、声をかけていただくことも増えたため販売、配達を再開させていただいています。市内飲食店様でも当店のパンを使っていただいています。地域の行事や祭りなどに読んでいただくこともあり、最近の一番大きなイベントは「ばんこ祭り」です。2日間にわたって四日市ドームにて催されたイベントで今年64回目を迎える四日市市のなかでも大きな祭りです。
ありがたいことにたくさんの人に購入していただき、大量に持って行っても午前中には完売する状況でした。イベントで購入し手いただいた後日、店頭にも再度来ていただく方も増え、お声がけいただくことにうれしくなります。
4.まとめ
理事長からは「なかなか30年も続くパン屋は少ない」とよく声をかけてもらいますが、
純粋なパン屋としてではないので、福祉施設のパン屋としては続いて当たり前ということもあるかとは思います。
福祉施設のパン屋ではあっても、お客様にとっては「地域のパン屋」には変わりないことだと思うので、より一層サービス面での向上、衛生面の徹底、適正価格でのパンの提供などに気を付けてこれからも「パン工房ブルーミング」の職員として運営をしていけるよう精一杯頑張りたいと思います。
引用・参照:ばんこの里会館





