うつ病を経験して(体験記)
私は四日市福祉会に働かせていただいて20年が経つ者です。今から10年程前にうつ病での長期休養を要し、現在は周囲の方々のご理解やご助力のおかげで職場復帰し今に至っております。
今回、コラムという形で筆を執らせていただいた理由としましては、当法人内研修にて「うつ病の経験談を語る」機会があり、当時の出来事を思い返して言葉にしてみたところ「貴重な情報」といったお言葉をいただきました。そういった経緯から、私自身の経験が心の病に悩まれている方やそのご家族の方々に参考となることがあればと思い掲載させていただきました。尚、あくまで私自身の個人的な体験ですので、記載した治療方法や情報が必ずしも正しい、誰にでも当てはまるものではないということはご理解いただけると幸いです。
【目次】
1.病気の前兆、自覚について
2.急性期(発症から3ヶ月まで)
3.回復期(3歩進んで2歩下がるの日々)
4.職場復帰とその後について
5.まとめ
1.病気の前兆、自覚について
私の場合、前兆として何か心身の異常や変化を感じていたわけではなく、ある日突然に仕事をしていると涙が止まらなくなるといった状態に陥りました。その日は管理者に相談し早退させていただきましたが、「疲れが溜まっているのだろう。少し休めばいつも通りに戻るはず」と深刻には感じていませんでした。
自分自身に自覚はありませんでしたが、家族や同僚等に当時の自分の様子について聞いてみたところ、「常に何かに焦っており、休憩もとっていなかった」「手の震えが気になった」とのことでした。自分ではなかなか気づけていなくても、周囲は何か変化に気づいてくれている部分もあったようですがなかなか声をかける雰囲気ではなかったとのことでした。
2.急性期(発症から3ヶ月まで)
早退した翌日、翌々日は静養してはどうかと提案いただき、欠勤して自宅で横になって過ごしました。しかし、3日目の朝にいざ出勤しようとした時には強い恐怖心から布団から出ることができず、以降はずっと布団から出られない状態になってしまいました。職場への欠勤の連絡は当初数回ほど自分自身で行いましたが、すぐに電話をかけることも出ることもできなくなってしまい、以降は妻が連絡をとりあってくれていました。
精神科への受診に関しても、妻が色々と探してくれていましたが予約制ということもありなかなかすぐに診ていただける病院が見つからず、2週間後に受診できることとなりました。こちらの病院はたくさんの患者様が待たれておられ、診察時間もタイトな印象を受けたため通院できませんでした。妻が別の病院の受診予約も同時にとってくれていたため、ひと月程待って、別の病院にも受診することができ、こちらの病院に関しては通院を継続することができるようになりました。自分なりに通院できたポイントを分析して以下に記しておきます。
・診察時間は30分となっているが、ある程度時間に余裕をもって診察にあたってくれた。
・予約の間隔も余裕を持たせているためか、待合室で待たれている患者様も少なかった。
・こちらの発言に対してよく傾聴していただけた。また「退職」といった大きな判断は可
能な限り先延ばしにして、判断を急がないようアドバイスをくれた。
・参考資料や書籍を「気が向いたら」と強制しない形で紹介してくれた。
*自分の場合、活字や硬い言葉はなかなか受け付けられませんでしたが、漫画という形で表現されている書籍は気軽に手にとれてオススメでした。
決して一つ目の病院が悪かったというわけではなく、相性と受診のタイミングがあったように思います。一つ目の受診時には、受診に対する覚悟というか気持ちの整理ができていなかったことも通院に繋がらなかった原因かと思います。一度の受診が無理であったとしても、複数の医療機関を受診してみて、自分自身に合う病院を見つけることは治療の第一歩だと感じました。
発症以降の3ヶ月間は、私自身の記憶がほとんど残っていないというのが正直なところで、気が付いたら時間が経過していた感覚です。その間は生活全般にわたって妻が支えてくれていました。ただただ布団の中で横になっているだけの自分に食事を準備してくれましたが、食べるのは一口程度だったとのことです。家事と仕事でかなりの負担をかけていたと思います。妻には感謝しかありませんが、この期間はまともな会話ができる状態ではありませんでした。
3.回復期(3歩進んで2歩下がる日々)
医師より「まずは少しでも太陽の光を浴びる時間をつくるように」とアドバイスを受けたため、まずは無理のない範囲で寝室の窓のカーテンを開けて過ごすことから始めました。初めのうちは自分で開けることができず、妻が起床した際に開けてくれていましたが、徐々に自分で開けて陽に当たれるようになりました。
次の医師からのアドバイスは「散歩に出る」でした。最初は玄関まで、次は玄関を出る、その次は自宅周りを歩く、と徐々に外に行ける時間を増やしていきました。自分としてはこの時期が一番辛い時期でした。気分が軽くて徐々に良くなっていることを実感した次の日に、急に気分が落ち込み自分の感情をコントロールができなくなる時もありました。踏切で電車が通ると飛び込みたくなる衝動にかられることもあり「本当に良くなるのか」と不安になる日もありました。良くなったり悪くなったりを繰り返していましたが、妻や親兄弟、担当医から「焦らずに」「確実に良くなっている」と声をかけてくれていたことがとても支えになりました。
4.職場復帰とその後について
うつ病となって9ヶ月が経過した頃に、当時配属されていた部署の管理者より「少し会って話をしたい」との連絡をいただきました。場所は少し離れた喫茶店を提案してくださり、行くことができました。「すぐに戻らなくてもいいから、いつか戻ってきてほしい」と自分の必要性を説明してくれ、「もし、戻れないなら違う職場を探すことも手伝うから」と親身になって話してくださったことでかなり気持ちが楽になったことを覚えています。
医師にも相談し「一度今の職場に復帰してみて、ダメなら他を探しては」とアドバイスを受けたこともあり、現職場に復帰する気持ちが強くなっていきました。
<復帰にむけてのプロセス>
1.まずは自宅から最寄りの駅まで、次はその先の信号まで、次は通勤路途中にあるコンビニまでと職場方面に歩く練習をして職場に到着することを目標に取り組みました。
2.職場の協力をいただき、職場に顔を出し(顔を見せるのみ)、挨拶をして帰ることを繰り返し、可能な時は少し他職員らと話をして帰りました。
3.対人支援はせず、利用者の方々が帰った時間に出勤し、1時間半ほど施設内の掃除をすることから始めました。
4.徐々に勤務時間を延ばしていき、通常勤務できるようになっていきました。
*利用者の方々を含め、職場関係者の方に会うことが怖くはありましたが、一度会うと恐怖心はすぐに無くなりました。
以降、今に至ります。発症以降に残った症状としては、広い場所や人が多い場所にいると眩暈を感じる時がある。漠然とした不安にかられることがあるといったものがありますが、辛い時は無理をせず周囲に助けてもらうことで日々を過ごしています。
6.まとめ
うつ病は治療期間が長く、「一生付き合っていかなければならない病気では」と悩まれている方もみえるのではないでしょうか。確かに回復までの過程に波があり、良くなったり悪くなったりを繰り返します。しかし、十分な休養と治療を継続することで必ず元の元気な状態に戻ることができます。焦らない気持ちが大切です。
十分な休養や安心して治療に専念する環境を整えるためには、家族や周囲の方の理解と協力が大きな力になります。周囲の方は「甘え」や「怠け」ではなく、脳の病気によるものであることをご理解いただき、そのような現状に一番苦しんでいるのはうつ病を患っているご本人であることを心に留めていただきたいと思います。
【参考文献】
みんなのうつ病体験記





