コラム

「福祉施設で働く自分」

社会福祉施設で働いている時、私達は利用者の方や同僚に対して、どのように接しているでしょうか。日常生活を一緒に過ごす仕事をしている私たちが気をつけることを、具体的な支援スキルを振り返りながら一緒に考えていきましょう。

1.「話す」ということについて
2.話したい「関係性」について
3.「傾聴」することについて
4.まとめ

1.「話す」ということについて

普段、皆さんは周囲の人とどのような会話をしていますでしょうか。趣味の話、仕事の話、思い出話、恋愛や夫婦の話、時には自分の悩みを誰かに話すこともあるでしょう。一方で、あまり人付き合いが好きでない方もいらっしゃることもあるでしょうが、どこかのタイミングで自分の事を話すことが誰にでも往々にして起こりえます。
その会話は自分の今まで生きてきた経験から語られることが多いでしょう。自分を語ることで、気がまぎれたり、共感を得ることで安心感ややる気がでることもあるでしょう。 人にとって語ることは色々な効果を持つと言われています。認知症ケア等臨床領域・障害福祉領域でのケアにおいて、「ナラティブアプローチ」(※1)という手法を用いた支援が確立されているほどです。「ナラティブアプローチ」といわれる手法は、当事者に自分自身の経験や思いを語ってもらい、その話を支援者が傾聴することで、当事者のストレングス(※2)を発見し、エンパワメント(※3)を促すことや、当事者の背景を深く知ることで幅広い支援につなげる効果もあると言われています。もしくはピアサポートといった形で、当事者同士が自分たちの話をお互いに傾聴しあい、回復にむけて活動していく、という取り組みもあります。このように傾聴とナラティブは日頃の支援でとても効果的な手法として知られています。

2.話したい「関係性」について

ところで、みなさんが話したいと思う人はどのような人柄でしょう。少し、頭に思い浮かべてみましょう。日々、生活していく中で、長い時間を一緒に過ごす事ができる人や話を聞いてほしい人、というのは限られているのではないでしょうか。ある程度、信頼がおける人でないと一緒に過ごしたい、色々な話をしたいとみなさんも思えないのではないでしょうか。私は俳優の阿部寛が好きですが、目の前に来られたら緊張で話せません。また家族とはいえ、話したい内容と話したくない内容があるので何でも話せるわけではないということもあるでしょう。だとすれば、「自分が話をしたいと思える関係性」が、実は話を聞いてもらう上で重要なことがわかるのではないでしょうか。ここで、普段の職場での自分を振り返ってみましょう。皆さんは自分自身が話をしてもらいたいと思われるような自分でしょうか。「傾聴」という言葉はいまや色々なところで使われており、一般的な用語として認知されてきています。しかしながら、その「傾聴」が本当に機能しているかは別問題だと私は考えます。傾聴は話す人の尊厳を守る姿勢です。こちら側の意見を押し付けず、まずは相手の話を聞き、「関係性」を構築する為の技術でありケアのあり方です。先述したように、人は自分の話をすること、聞いてもらうことで様々な良い効果を得ることができます。利用者の方の話を聴き、関係性を構築していくことが何より重要なことであることを、ここまで読み進めていただいた方にはなんとなく理解していただけたでしょうか。傾聴することは、福祉施設で働く中で、一番重要で一番最初に取り組むべき仕事のように私は考えます。そのためには、私も含め、当法人で働く皆さんが「どのような態度」で「どのような口調」で相手の話を聴いているのか、今一度、考えてみることも大事でしょう。

3.「傾聴」することについて

会話をしていくなかで、聞き手が話し手の印象を決める3要素があります。話す声(トーン)、話の内容、話す姿勢(見た目)です。この3つの中で、一番、聞き手が受ける印象で影響が大きいのもがあります。皆さんはなんだと思いますか。ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。実は、話す声(トーン)です。つまり、内容はともかくどんなトーンで話しているかで聞き手の感情が左右されることが多いのです。だからといって何を口にしてもいいわけではありませんが、相手の聞きやすい声の大きさ、相手が不快に思わない声色で伝えることで、印象よく受け取ってもらえる可能性が大きくなります。簡単に言えば、支援員が不機嫌そうに、怒鳴る様な声色で話せば、正しいことを言っていたとしても利用者の方は悪い印象を持つという事です。悪い印象が蓄積すれば、関係性が良くなることはないでしょう。傾聴する機会すら、関係性が悪くなってしまえば失ってしまいます。かといって、利用者の方の都合のいいように振舞うことだけが正しいことでしょうか。自立支援を行うということは、将来的に利用者の方がどのように社会で自立して生きていくかを考えるということです。私たち自身、関係性が悪い人から何を言われても、全く聞く気になれないのと一緒で、利用者の方も関係性が良い人に話を聴いてもらいたいし、その人の話を聴こうとするでしょう。傾聴するということは、つまる所そういうことなのではないでしょうか。福祉施設では様々な問題が起こります。他害、自傷、異食、虐待、感染症、急変など。予想できることから予想外のことまで対応しなければなりません。そんな時、普段から利用者の方の声を聴き、小さな気付きをみつけることができるのか、利用者の方の信頼を得て重要な話を聴き逃さない自分自身でいられるのかが、支援のやりやすさ、効果的な支援の実施に繋がると考えます。傾聴はそのための最初の第一歩です。私自身も常に傾聴の姿勢で支援に取り組んでいきたいと考えています。

4.まとめ

今回のコラムでは、話すことの力、話すための関係性、傾聴ということの本質について振り返ってみました。私の大好きな本の一つにミルトン・メイヤロフの「ケアの本質」という書があります。その著書の中にはケアすることについて、ケア対象と支援者の関係性について、少しばかり難解ではありますが、丁寧に紹介されています。その中にこうした一説があります。
「相手を支配したり所有しようと試みるのではなくて、私は、それが本来持っている存在の権利において成長すること、またよく言われるように“それらしくなる”ことを望んでいるのである」(Milton Mayeroff1971)
相手をケアしようとした時に、支援者が思う様な形に利用者の方を近付けようとするのではなく、利用者の方らしい生き方ができるよう、自分自身も一緒に成長することが、それらしくなることであり、またそのことは誰しもがもつ当然の権利なんだ、という意味が含まれているように私は思います。ぜひ、皆さんも機会があれば一読していただければ幸いです。
今回の拙いコラムを通して、基本的な関係性を築くために、福祉施設で働くということを考えるきっかけのお手伝いができれば幸いです。コロナ禍における様々な生活様式の変化、かつ複雑な社会情勢の中、当法人は一丸となって支援と課題に取り組んでいかなければなりません。今後も、皆さんのご助力になれるよう私自身もがんばっていきますので、皆様のお力をお貸しいただけることを切に願って、末筆の言葉としたいと思います。

参考文献
宮坂道夫「対話と承認のケア:ナラティヴが生み出す世界」医学書院 (2020/2/25)
田村真(訳)、ミルトン・メイヤロフ(著)「ケアの本質―生きることの意味」ゆみる出版 (1987/4/1)

(※1)ナラティブアプローチ:当事者が物語ることを主体にケアをする支援方法
(※2)ストレングス:その人がもつ強み
(※3)エンパワメント:「鼓舞する」や「力づける」といった、その人の強みを発揮させること